無敵の法則(20)

【欲望の否定について】

「欲望」については人類の歴史と共にある問題で、哲学や宗教でも何度も取り上げられている大問題だと思います。

「欲望」は、

1.人間が生きていくために必要な食欲などの生命的な欲求

2.無くても良さそうな欲求

に分類できそうですが、一見すると無くても良さそうな欲求でも、深いところでは意味があったり、生存に必要な場合もあるでしょう。

そのため、ここで考えるべきことを整理してみると、

「欲求は存在する」

「欲求は全部ではないが必要なもの」

という前提にしてみます。

みんなが嫌がるのは、

「欲求のために辛い」

と思う事態が発生することでは無いでしょうか。その状態は誰にとっても快適ではない状態だと思います。

「欲を無くす」

という方向に考えたい気持ちもありますが、それはかなり難しそうというか、不可能と思った方がいいだろうと思っています。

そのため、辛い状態のときに、それをどうすれば良いのかということです。

これについては、「欲求を減らそう」と思う考え方と、「欲求を満たそう」という考え方にも分けられると思います。

「欲求を満たす」

ということについては、自分では辛いものの、困っている人に提供すると感謝もされますし、お金をもらえる場合にはビジネスチャンスにもなります。自分で解決できない問題というのは、本当に辛いです。

 

さて、欲求についてですが、とりあえず「それは解決すべき問題かどうか」を考えてみます。

判断の基準は、「あなたが欲求を満たすことによって快適になるかどうか」ということになりそうです。違うかもしれませんが。

そして、「欲求が満たされない状態=辛い」という感情があります。

ここで気をつけたいのは、ついつい何かを否定していることが無いかどうかです。

例えば、

「あの人のせいで欲が出てしまった。」
「あれを見てしまったから欲が出た。」

また、自分を責めてしまうのは、
「自分の弱さのせいで欲が消えない。」
「自分はどうしようもない人間」

などという思考パターンです。

「欲望を否定しない」

と受け入れることで気持ちが楽になることはあります。

しかし、

「欲望を肯定する」

ということとは少し違う感じです。

「欲望があった方がいい」
「その欲望は自分の成長にプラスになる」

などと、良い面を見つけることは出来るかもしれませんが、良い面を見つけるということは悪い面も見つけてしまうことになることが往々にしてあります。また、手に入っていない状況には変わりません。

したがって、ここではどちらかというと、

「欲望に関しては否定も肯定もしない」

という態度で望むことをオススメします。

 

「結局何がいいたいのか?」

と言われそうですが、

「欲望」については、どちらかというと「良い」と「悪い」にふたつにハッキリと分けて考える人が多い気がします。

それについてはニュートラルな立場で考えてみたほうが、次の行動へと進みやすいと考えています。

「欲望はある、存在している」

「いいも悪いもない」

として、分析もせず否定も肯定もしないとどうなるでしょう?

なんとなく、変な話になっているかもしれませんが、そのように思います。

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