神社の参拝の方法

今日は124年ぶりの2月2日の節分だそうです。

さて、私は毎月1日に神社に参拝に行っています。

そして「二礼二拍手一礼」をします。

人によっては、「自分の住所と名前をハッキリ言う」という人もいます。何かをお願いしている人が確実にやってもらうためのような気もしますが深い意味はわかりません。

また、「二礼二拍手一礼」はもともと神職の作法の一部で一般の人がそこだけ行うのは変だという話や、明治か昭和初期ぐらいから流行りだしたもので元々のものでは無いという話もあります。

では、私は何かと言いますと、昔から自分の親が神社にお参りに行くといいと言ってたまに行っていたのでなんとなく行ったり行かなかったりしていました。

そして、自分で会社を経営するようになった頃に毎月行くようになったと思います。

小さい頃はお願いをしに行きました。お百度参りについても効果がありそうだと思っていました。

今は感謝を伝えに行っています。

行く日は1日、3日が良くて2日は良くないという事や、出来れば午前中が良いとも聞きます。

以前は気にしていましたが、今は気にしていません。

と言ってもToDoリストに入っているので忘れずに1日の朝に行っていますが。

前に「誰も見ていなくても、自分は見ている」というような話をブログに投稿した気がしますが、まずは感謝をするのは自分自身に向けてという事もあります。

また、もし神様が存在するのであればすべてがお見通しですから神社に行かなくても毎日を神様に感謝して生きていればそれで良さそうです。

と、ここで思います。何が良さそう?ラッキーなこと?お金?健康?平和?

少なくとも「心の平和」は自分でそのように持っていけるものです。その生活をしているとお金は少なくて済みますし、食べ物も贅沢する必要が無く健康的です。これは毎日がラッキーです。この生活は良いですね。

そうすると、わざわざ神社に行かなくても幸せならいいのではないか、神様と関係を持たなくても幸せではないか?

と思う人もいるかもしれません。

しかし、この大地、大地からの恵み、太陽、空気、水、重力、人、食べ物、等々は自分が用意したものではありません。このおかげで楽しく過ごせるのですから、これに感謝しながら生きるのはすごく気持ちがいい日々です。

そう考えると、神社への参拝はどういう事でしょうか。

私は、「ちゃんとお礼を言えて気持ちがいい」という感じで捉えています。私にとっては毎月1日がちょうど良い感じなので無理がありません。

また、「二礼二拍手一礼」も「いつもの礼儀」のような感じで気持ちがいいです。住所と名前は言いませんが、それを言う事で気持ちよくなるのであればぜひやった方がいいと思います。

「良いと思うこと」

「やって気持ちが晴れやかになること」

「お礼や感謝ですがすがしい気持ちになること」

は日にちや時間、礼儀に関わらずやっておくといいと思います。そういう人生がまた、ダイナミックで素晴らしい感じがします。

ということで、今日も少しアメリカ大統領の話を少し。継続してますので。

ちまたのウワサでは2月3日以降に大きな発表があるとか、2月中に中国にアメリカ軍と台湾軍が行くが平和的になるとかいう話があります。3月4日にアメリカ大統領の再投票か再選か、あるいは4月ぐらいまでガタガタするという人もいます。

結局のところ、大きな枠で言うと早ければ2月、遅くても4月までには世界的に支配していた人たちが交代し、その秘密を公開するということですが、1年ぐらいは争いなどもあるかもしれないという事になっています。

私はなんとも言えません。否定はできません。ただ、アメリカ軍は50年ぐらい、その上の人たちはもっと長い時間をかけて考えてきたことなので、もしトランプ大統領が不在でもこの動きは続くらしいです。言論統制が無くなったり、戦争が無くなるのであれば歓迎です。

トランプ大統領は戦争を無くし、海外に駐留しているアメリカ軍もすべて引き上げるという話もあるので非常に興味深いです。

ちなみに、今日あたりは銀の価格が上昇しているので現時点ではこれらの情報を追っていて含み益は出ているので無駄にはなっていない気がします。

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