前にブログで書いたかもしれないし、書いてないかもしれない話題です。
まあ、ブログも続けていると同じネタがかぶることはあるだろうと思いますので、あまり気にせずに同じような話もしてみます。
さて、「できる。」という言葉と「できない。」という言葉。
これを口にするときは、当然ですがそういう気持ちが心の中にあります。
「できる。」と簡単に言う場合には、「やったことがあること」や「自分の経験から出来そうに思えるとき」ですね。
「できる。」と言っておいて出来ない場合もありますが、すぐにできそうに思うときもあります。
また、誰かが簡単そうにやっているのを見て「できる。」と思ったのに自分では出来なかったこともあります。
そして「できない。」という場合ですが、本当はできるのに面倒くさいと思って「できない。」と言うときがあります。
あるいは、「出来そうに思えるんだけど失敗したらやだ。」とか「恥ずかしい」という気持ちから「できない。」と言う場合もありますね。
まあ、色々なケースがありますが、「出来る。」と「出来ない。」の意思表明のあと、「出来ない。」という人はそこで終わってしまうので、それ以上の行動はありません。
「出来る。」という人は実際にやってみるという次の段階に進みます。
その結果として「できた。」と「できなかった。」に分類されます。「できなかった。」は、その結論を自分で認めるかどうかなので、実際は将来は「できる。」に分類されるかもしれません。
今回のタイトル、「私たちは『できる』と言います。」というのは、とにかく「できない。」という言葉を使わずに、「できる。」という前提であれこれと悩んでみるという行動の指針です。
これは、できるかどうかがわからないのに、すぐに結論を出してしまうのはもったいないという感じでしょうか。
「できない。」と思うことにチャレンジすることで個人やグループの成長・進歩がありますね。
「できない。」というのはカンタンですが、それを続けていると進化できません。
「できる。」「できる。」「できる。」
の精神で望んでみたいものです。
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